めぃの鬱日記

日々の憂いを吐き出す女子大生のブログです。

不満

大学に行くのに、他の人より少しハンデを背負いながら、頑張った。

どうにもならない病状、重度の鬱状態での受験。

沢山泣いて、何度も挫けそうになった。

そして私は無事合格して晴れて大学生となった。

「死にたい」、その一心しかない私が、未来を考えられない私が、頑張った。

大学に入っても過剰な適応障害で苦しくて、何回も死にたくなって、自殺未遂もして、ボロボロだった。それでも頑張ったのは、英語を学びたかったから。

外国人の教授が、心配して私にメールをくれた。だから私は正直に自分の胸の内を明かした。

「死にたい」と、そう言ってしまった。そしたら大事になってしまった。

大学の偉い人たちがパパとお話しすることになって、私は蚊帳の外になった。

休学するべきだ、その状態で学校なんか無理だと言われた。そして、地元の主治医に学校を続けられるか診断書を書いてもらってこいと言われた。

私は学校を続けたかった。主治医も学校を続けられると判断したという文面の文書を出してくれた。

大学はそれが予想外だったようで、今度は地元に残ってオンラインで授業を受けてくれと私とパパに言ってきた。

そんなに私を1人暮らし(同棲してるけど表向きには1人暮らし)させたくないのか。

勿論分かっている。大学側はそんな大きな責任を背負いたくないんだ。

でも、1か月でも長いと思った帰省を、1か月を目処に帰られるよう私も希望を持って帰省生活を頑張っていると伝えているのに、それをハナから否定して「3か月はいてくれだなんて」酷すぎやしないか。それも、教授に「1か月しか休んでいないの?」というイメージを持たれないようにだそうだ。そんなイメージの為だけに?ふざけるな。

どうせ私の病気は7年経っても治らなかったんだ、数か月で治るもんか。

どうしてこう大きな組織は頭が固いのか。生徒がのびのびと勉学に励める環境を作るのが大学じゃないのか。

もう実家にいたくない、もう彼と離れていたくない、もう生きていたくない、もう本当は学校も頑張れない、本当は、もう立っているのもやっとなんだ。

私は私が何をしたいのかが分からない。

ただ1つ、1つだけ、死ぬ前に彼に会いたい。